(その後は、何度も別の友人たちを玉置神社で案内するときは毎回のように正式参拝をしていたのですけどね) 正式参拝の間は、待っておけばいいかな・・・くらいと思っていたら、玉置神社の方に「あなたも一緒にどうぞ」と勧められ、私も付き添いの「おまけ」として本殿に向いました。

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ただ神社の建物自体は、普通の神社だと思いました。 実際に、玉置神社はどんどん人が増えていて、前は駐車場にほんの数台の車でどちらかといわばガラガラだったのに、今やかなり人気の神社になってきていて、知名度が上がってきています。

途中の分岐。 この節の神名は以下の文献およびウェブサイトによる。 庭の土の中からいきなり縁起物のねずみが出てきた. 家の外側、内側、方角は関係ありません。

森沢[2006: 239-240]• むやみに写真を拡散してはいけない場所って、あるものです。 友人とは現地集合だったので、大雨で遅れた私は友人とすれ違い・・・電話をするけど、場所は玉置神社・・・繋がりません。

のともいう。

まず「摂社」とは本社に付属し、本社に縁の深い神様や特別の由緒がある神様をお祀りした神社を指します。 玉置山参道入口のある大峯奥駈道の本宮辻の近くには、「十津川五十余ヶ寺供養塔」なる文字の記されたが今日に残っている。

和泉式部参詣記念 古来より熊野三山奥宮として信仰があつく、多くの行幸があると伝えられています。 本社の御祭神は、 ・「国常立尊(くにのとこたちのみこと)」 ・「伊弉諾尊(いざなぎのみこと)」 ・「伊弉冊尊(いざなみのみこと)」 ・「天照大神(あまてらすおおみかみ)」 ・「神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと・神武天皇)」 と、ここに参拝したら是非とも拝観しておきたい社殿です。

平素から神様を御敬いし、神様と御一体になるよう、清い心をもって行いを正しく身を保って居なければならない。 日本神話の根源神として日本神話に登場する神様です。

? 標高1076mの玉置山の9合目にあるため、道が舗装されているとは言え、車1台すれ違うのがギリな山道を、延々と30分程度、運転しないとたどり着きません。 玉置山に上がる道は、ガードレールもありません。 平成16年(2004年)には「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産にも登録されました。

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年越大祓式 - 12月31日• 高い標高にあるから、余計に神秘的に感じました。

幹周り8. 車で行ったんですけど、大阪市内から休憩挟みながら行くと、4時間くらいかかりました。 冬のアクセスについてまとめました。 「玉置神社は呼ばれた人しかいくことができない」 という話は聞いていたので、「呼ばれていない?」と心配になりながら、大雨の中、カーブが多い山道を車で登りながら、視界が悪いと車を停めて、無理せずゆっくり玉置神社に向いました。

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玉置神社創建の目的のひとつが「 悪魔退散」だった点も、話題に上りやすいポイントなのではないでしょうか。 幸運の鈴として、飾っても、鳴らしてもお清めになるそうです。

9メートルで、屋根は銅板葺き、東面は入母屋造、西側は社務所に接続する。 ほぼ同時代の『大菩提山等縁起』では玉木を毘盧遮那宿、宝冠の森()を阿弥陀嶽と呼んで宇河宿に比定し、大峯の峯中路の中での位置が示されている。

電車での行き方 奈良・十津川村に電車は通っていません。

というのも、たどり着ける人にはどうやら 2種類あるようなのです。 その歌詞は、 熊野なる玉置の宮の弓神楽 弦音(つるおと)すれば悪魔退(しりぞ)く 悪魔退散は玉置神社のご神徳のひとつ。

玉石社では、大己貴命 (おおなむちのみこと)という神様をお祭りしています。

子授け• 大峯・金峯・熊野を結節する要地として順峯・逆峯のいずれの大峯奥駈行においても重視され、その過程において社寺としてのかたちを得たと考えられる。 大峰山系は、役の行者が開いたとされる修験道の根本道場であり、大峰山系の南端である熊野は中世、修験道の一大中心地でした。

近くにあった説明によると、 この付近に海底で出来る枕状溶岩があるそうです。 近世以降に衰弱する までの入峯の本来の姿とは、峯中路上の行所を廻るだけでなく、参籠宿を拠点として峯中路から外れた周辺の聖域を訪れて拝礼するというものであった。